2015年9月7日月曜日

マイナンバーを軸とした医療分野ICT化の調査

授業レポートシリーズです。
医療問題を取り上げ検討する授業にて
「マイナンバーを軸とした医療分野ICT化の調査」
というタイトルでレポート作成を行いました。
この度めでたく成績が出ましたので、レポート内容を
記録しておく意味でも公開致します。


背景として日本では2016年からマイナンバー制度が施行されます。
それに合わせて医療情報についてもICT化が加速することが予見されますが、
医療情報と個人情報とを結びつけてはいけないという三師会声明により
医療等番号はマイナンバーと別に作られるようです。

今後考えられる医療情報のICT化とはどのようなものか調べましたので
ここでご報告いたします。


1.        発表内容まとめ

 まず、発表内容についてまとめる。

1.1.       マイナンバー制の導入

 20161月より運用が開始されるマイナンバー制度は、様々な行政サービスを効率化することが見込まれている。医療分野でも同様のことが検討されており、保険手続き等にかかるコストが年間3800億円削減されるという試算も存在する。このように、マイナンバーを利活用することで医療分野へも経済効果が期待されるが、医療分野での活用にあたってどのような利用方法が良いのかを、他国の例を調査しながら検討を試みた。
 スウェーデンのSPARという仕組みでは、行政サービスを受けるための番号が付与されているが、種、宗教をはじめ医療情報等のセンシティブな情報はコンピュータ処理をしてはならないとしている。アメリカのSocial Security Numberは行政サービスを受けられるIDが汎用的に利用されているが、なりすまし被害が年間5兆円生じていると言われている。

1.2.       医療番号制度導入へ向けた動き

 マイナンバーの医療分野への活用方法については、日本医師会・日本薬剤師会・日本歯科医師会の三師会が共同声明を出しており、行政サービスを受けるためのマイナンバーと医療情報を統合する番号とは切り分けるべきであると主張している[1]。このことを受けて政府は2015529日に医療等ID2018年度から段階的に運用することを決定した。
 このことを踏まえて、日本では医療等IDを用いた医療システムの構築が求められているが、その際には標準化されたデータ構造を準公的機関が定めること、個人情報と医療情報とが結び付けられないようなシステム設計が重要となると指摘した。

2.        ディスカッション内容と追加調査

 この章では発表後のディスカッション内容をまとめて、指摘のあった箇所に対する調査・考察を示す。

2.1.       ディスカッション内容

 医療情報をマイナンバーと切り分ける必要があるのか、また、データの運用に際してはどのようにするのが良いかという2点について指摘があった。
前者については医療等IDを利用することで被害を受けるのが誰なのかという視点が重要であるが、三師会も述べているように知られたくない病歴などを電子化することに抵抗があるようなので、個人情報とそういった病歴は結びつかないように担保する必要がある。
後者については、非営利組織である研究機関がデータを保持・研究への利用を行いながら、データを必要とする製薬メーカー等へ販売することも考えられる。研究機関であればデータを保持することに妥当性も生じる。

2.2.       追加検討

 ディスカッション内容を踏まえて、医療等IDの必要性・医療情報のデータ構造・シンガポールに見るICT化の方法の3点について追加調査・検討をしたので報告する。

2.2.1.      医療番号制度導入の是非

 三師会は、そもそも医療情報を番号管理すべきではないと言った姿勢を見せている。これは、他人に安易に知られたくない病歴が電子情報として一元管理されてしまうからである。診断履歴が全て見られてしまうのは好ましくない。他方、現在患者が罹患している病気への処置履歴を知ることは医療業務を効率化し、ひいては医療費を削減するために重要である。また、蓄積された診療データは医療に関する新たな知見を生むことも期待できる。これらを両立させるためには、国民が自身の診療情報を自分で管理できること、医療情報と個人情報とが紐付けられるのは本人が了承した場合(例えば病院で診察を受けるとき)のみとすること、医療情報を2次利用する際には個人が特定できないことを保証することの3点が重要であると考えられる。結果、やはり医療番号は個人情報と別にする必要があると考えられる。

2.2.2.      ISO規格に則った医療情報データ規格標準化の検討

プレゼンの中で、医療等IDの活用にあたっては準公的機関によってデータ規格を標準化する必要があると述べたが、標準化にあたってはISOの規格を用いることが妥当であると考える。ISOとはInternational Organization for Standardizationという、様々な標準規格を策定する非営利組織である。例えば、ISO14040[2]ではLife Cycle Assessment(LCA)についての標準的な手法適用方法について定めており、LCAの論文でもISO規格に則っているものがある[3][4]ISO規格を用いる理由としては国際的な標準であるため他の国の例とも比較・改善が見込めることと、標準化に向けて多くの検討が既になされている規格なので妥当性が高いことが挙げられる。ISO規格を用いた医療情報の標準化については既に報告[5][6]がなされている。様々な非営利機関がその中で、2007年時点でISO/TC215Working Group1, 2(Data Structure, Data Interchange)においてはVice Convenorを日本人が務めており、データ構造およびデータ交換について最終調整が進んでいる。
日本においてもISO規格を踏まえたJAHISMEDIS-DCといった機関が医療情報や医療情報システムの標準化について検討を行っており、政府組織発のガイドラインという形で医療情報に関する日本国内での規格を制定するものと予想される。このガイドラインを踏まえて各ITベンダーはソフトウェア開発を行い、それを医療機関に納品することで、医療行為の効率化を担保したエコシステムが構築されると期待できる。

2.2.3.      シンガポールの例を踏まえたICT化の調査

 ディスカッション部分でも言及されていたシンガポールの医療体制について調査した。シンガポールでは、国民の数が少ないこともあり国家主導で医療制度が設計されている[7]。外貨取得に質の高い医療を提供してきたが、周辺国の医療レベル向上の結果外貨取得が難しくなってきた。そこで、新たにICTを利活用する効率的な医療システムの設計が行われ、財務省の完全子会社であるMOHHが主導して公立病院の運営などを行っている。
 シンガポールの医療システムでは、IDカードを用いたなりすましを防ぐために本人確認のためにフルネームや生年月日を用いている。また、医療情報を医師が確認するためのプラットフォームはNEHRと呼ばれるWebアプリケーションとして提供されている。患者が他人に知られたくないという病歴(HIVや妊娠中絶といったもの)についてはアクセスコントロールに従って医療行為に必要な情報のみが閲覧できるようになっていて、ICT化の恩恵を被りながら国民感情にも配慮したシステムが実現している。
 NEHRを導入していることから生じる被害については調査したが統計データなどを見つけることはできなかった。セキュリティについてMOHHが重点的に取り組んでいることを踏まえると情報流出等の被害はゼロにすることはできないと予想できるが、それ以上に利便性の高いシステムが構築されていればそこから得られる利益のほうが大きいといえる。

3.        参考文献

[1]      「医療等IDに係る法制度整備等に関する三師会声明」, 2014/11/19
[3]      K. Crhistopher; S. Nikolaos, Int. J. Life Cycle Ass., 19(10), 1716-1732, 2014
[5]      豊田 , 医療情報学, 27(3), 269-276, 2007
[6]      丹治 夏樹, NEC技報, 61(3), 69-72, 2008
[7]      日本医療ネットワーク協会, 調査報告書『シンガポールにおけるHERの現状調査』, 2013
スライドはこちら: